次の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、最も適当なものを1.2.3.4から一つ選びなさい。
「ダンプカーと正面衝突でした」と、刑事が言った。「ともかく、完全潰されて......。お気の毒です」
「いえ.....」悠子は、黒いスーツで、布の下の、夫の死体から目をそむけた。「仕方ありません。自分が逃げたんですから」
「ご主人が人をはねた、というのは、ご存知でしたか」と、刑事が訊く。
冷たい死体置き場の空気に、悠子の顔は少し青ざめていた。
「何かあったらしい、とは思っていました。ひどい雨の日で...。でも、何も言っていませんでしたが」
「そうですか。―――まあ、ご主人がなくなってしまったは、ご主人がはねた相手への補償の方も、面倒ですね。」
「でも、主人の責任なのですから、できるだけのことは、妻として、させていただきますわ」
……そう。少しぐらいのお金が何だろう?
あの夫と、義母(ぎぼ)から解放された代償なら、安いものだ。
悠子は、表に出ると、まぶしい日射しに目を細めた。
自由。自由なのだ!
人をはねた、そのことが、逆に自分の「武器」になる、と悠子は気付いたのだった。
久米子は、悠子が「やっぱり気が咎め(とがめ)ます。自首したいんです」と言い出すと、あわてて悠子のご機嫌を取り始めた。
それは何とも愉快な経験だった。悠子は、久米子と調子を合わせておいて、一方で、夫の会社へ電話をした。
小心な夫は、放っておけばだれも気にしない小さな凹(くぼ)みを、何とかしようとして、墓穴(ぼけつ)を掘ったのだ。悠子の予測通りだった。
刑事が訪ねてくるタイミングも、絶好だったし、よもやと思ったことが―――久米子まで、息子と運命を共にするという、夢のような結果になったのだ。
歩きながら、悠子は、つい笑み(えみ)がこぼれるのを押さえ切れなかった。
私と健一で、楽しく暮らせるんだわ。その内には、すてきな男性が現れるかもしれない...。
悠子の足取りは軽かった。
「そうだわ」
健一が一人で留守番している。電話しておこう。今から帰るわよ、と。―――二人で、おいしいお菓子でも食べよう...。
電話ボックスに入って、自宅へかけた悠子は、お話中の信号音に、眉を寄せた。
「健一ったら...」
どこかへかけているのかしら?それとも、かかってきたのだろうか?
まあ、いい。後でまたかけてみよう。
悠子はボックスを出て、歩き出した。
「もしもし...」
と、健一は言った。
「はい、警察です。もしもし?」
「あのね...僕のお母さん、車で人をはねたんだよ」
「何ですって?」
「誰かをね、車ではねたの」
「もしもし。―――君の名前は?」
健一は、学校でもよくほめられていた。自分の名前を堂々と言える、というので。
もちろん、電話でだって、ちゃんと名前をいうことができる。···健一は得意だった。
(赤川次朗『幽霊屋敷の電話番』新潮社)