次の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、最も適当なものを1.2.3.4から一つ選びなさい。
だらしのないやつ
「......ア・ルース・フィッシュ」
ブラックの姿が消えた坂の上をなおも睨み続けながら、ぼくは小さく声に出して言ってみる。
それは、ブラックが、ぼくの額に押した烙印(らくいん)だ。
三年生になって間もない頃の英作文の授業中、ブラックがまるで見せしめのように、僕の名前とその語句と結びつけた例文を力まかせにチョークを折々黒板に大書きし、それを男ばかりの同級生たちが失笑が洩らすでもなく、無表情にノートしていた――そんな教室のけしきが、ありありとまぶたの裏側に映る。
でも......、とぼくは思い直す。
あのとき、他の数学教師によって「お客さんの指定席」と皮肉られていた教室の窓際の一番後ろの席で屈辱感に耐えながら、そっと、“loose”という単語を辞書で引いてみた。すると、「しまりのない」「だらしのない」「道徳観のない」「ずさんな」......などといった否定的な意味ばかりの羅列の中に、意外にも、「自由な」とか「解き放たれた」というような意味もまじっていることにぼくは気付いた。ア・ルース・ホース=放れ駒(こま)。ア・ルース・ドッグ=鎖につながれていない犬......。
そのことを思い出すと、ぼくはにわかに、日本語ではなぜか“ルーズ”と濁って発音されているその言葉が、現在の自分にふさわしいように感じれてくる。
アイ・アム・ア・ルース・ボーイ。
そのネガティブな意味とポジティーヴな意味との岐路に、いま自分は佇(た)っている、という思いに身が引き締まるのを覚える。
「錨(いかり)をあげて出帆する」
辞書には確かそんな用例も載っていた、と思い及んだぼくは、昨日までのうっとしい梅雨空から一転して高く澄み渡った青空を大海原に見立て、深呼吸する。
(佐伯一麦『ア・ルース・ボーイ』新潮社による)
問1.「ぼく」は同級生や先生からどのように見られているのか。
1. 道徳観のないやつ 2. しまりのないやつ 3. 仲間ではないやつ 4. 自由なやつ
問2. 名前と「ア・ルース・フィッシュ」とを結びつけた例文を書かれておもしろくないと思っていた「ぼく」の現在の心境について、もっとも適切なものはどれか。
1.高く澄み渡った青空を見て、そんなことは気にしないようにしようと思った
2.今の「ぼく」には日本語の「ルーズ」と言う発音のほうがふさわしいと感じた
3.「ルース」と言う意味を肯定的な意味に捉えて、晴れやかな気分になった
4.「錨をあげて出帆する」という用例を思い、梅雨が終わったら海に行こうと思った
単語:
フィッシュ fish
チョーク chalk 粉笔
ずさん (杜撰だ)名,形容动词 杜撰,粗糙
ドッグ dog
ネガティブ(だ) 名,形容动词 negative 否定的,消极的
ポジティーヴ(だ)名,形容动词(疑为ポジティブ positive)肯定的,积极的
引き締まる ひきしまる 【自五】紧绷,紧张,不松懈,严肃
一転 (いってん)【名,サ】旋转一次;翻转;颠倒;突然一变
見立て(みたて) 诊断,选择,鉴定,判断