次の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、最も適当なものを1.2.3.4から一つ選びなさい。
時男は、昼休みにホテルのコーヒー•ラウンジへ行き、気取って本を読んだりすることがある。ホテルのクールさが、時男の何かをほぐしてくれるためだ。ホテルのコーヒー•ラウンジには、時男とはレベルの違うビジネスマンが屯(たむ)ろしていて、それをながめるのも贅沢な気分だった。
「あの、アイリッシュ•ティ......」
気取って注文をした時男は、ひとつ向こうの席の四十半ばくらいの、エリートらしき男たちの会話に耳をかたむけた。
「お宅の方から五億くらいですね......」
時男にとってはケタのちがう金額が、片方の男の口から軽々と吐き出され、
「いや、うちの五億は出させていただくとしてですね......」
片方の男もやわらかくこれに応じる。時男は、うっとりとそのやりとりをながめていた。ひとりがタバコをくわえ、しきりにライターを探しはじめた。そして、相手のタバコの上にあった百円ライターを、かるい会釈(えしゃく)をして手に取り、タバコに火をつけた。五億の商談は、つづいていた。火をつけると、男はそのライターを、相手のタバコと自分のタバコの中間においた。
すると、①相手の男の目に一瞬、不安の色が生じた。そして、吸いたくもないタバコをくわえ、真ん中のライターを取って火をつけると、それを自分のタバコの上へ戻したのだ。五億の商談は、その間もよどみなくつづいていた。五億の商談と、百円が二十センチ遠のいただけで不安をおぼえる貧乏性、その二つがエリート風の男のあいだでゆれいごく。現代の②TOKYOも捨てたもんじゃないと、時男はしばらく高見の見物をきめこんだものだ。
(村松友視「TOKYO物語(3)『中吊りの小説』新潮文庫による」
問1 ①「相手の男の目に一瞬、不安の色が生じた」とあるが、どんな不安か。
1 五億もの商談が成立するかどうかの不安
2 自分のライターを返してもらえるかどうかの不安
3 相手がタバコを吸うときに、火をつけてあげなかった不安
4 百円ライターを使っていることをどう見られるかという不安
問2 時男はなぜ②「TOKYOも捨てたもんじゃない」と思ったのか。
1 ホテルのコーヒー?ラウンジで五億の商談が平然とされていたから
2 五億の商談をする男が、庶民的な百円ライターを使っていたから
3 エリート風の男が、自分のライターを軽く相手に貸してあげたkら
4 大都会で生きているのは、自分の物に執着する普通の人間だとわかったから
単語:
ラウンジ lounge 休息室
気取る きどる/けどる[自他五] 装腔作势,冒充;[他五]察觉
ほぐす [他五]解开,揉开
たむろ [名/他サ]聚集,旧时派出所
アイリッシュ Irish 爱尔兰
エリート 杰出人物,尖子
耳をかたむける 倾听,聆听
ケタが違う 相差悬殊,不可比拟
よどむ 淀む/澱む [自五]阻塞,不流畅